ガイドに戻る

万里の長城(慕田峪)日帰りツアー

慕田峪長城日帰り旅行


八達嶺か、それとも慕田峪か?出発前にまる二日間悩んだ。結局、慕田峪を選んだ。北京の地元の友人が言うには、あちらは人も少なく、長城の保存状態も良く、何より植生率が極めて高く、秋に行けばまさに油絵のようだという。

朝七時に市街を出発し、一時間半のドライブ。窓の外の景色は高層ビルから連なる山並みへと変わっていった。観光地に着くと、シャトルバスで山を登り、さらにロープウェイに乗り換えた。ロープウェイがゆっくりと上昇するにつれ、長城の敵楼が幾重にも折り重なる緑の木々の間から顔をのぞかせ始める。それはまるで、丁寧に包まれた贈り物をひとつひとつ開けていくような感覚だった。

慕田峪長城の秋景色

実際に城壁の上に足を踏み入れた瞬間、私は胸壁の前で数秒間立ちすくんでしまった。足元の切石は歳月に磨かれて滑らかに輝き、その一枚一枚が重厚な歴史を宿していた。遠くを見渡せば、城壁は稜線に沿ってうねるように続き、まるで巨大な龍が山々の間に眠っているかのようだった。慕田峪のこの区間には二十余りの敵楼があり、そのほとんどが明代の原形を保っていて、過度に修復された八達嶺とは違っていた。

私は城壁に沿って上へと歩き始めた。ある区間は信じられないほど急勾配で、段差があまりに高く、ほとんど手で這うようにして登らなければならなかった。敵楼に着くたびに立ち止まって息を整え、矢狭間から外を眺めた。山肌は一面のナラ、ハグマノキ、カエデに覆われ、晩秋の赤、黄、緑が入り混じって、誰かがパレットをひっくり返したかのようだった。敵楼の内部はがらんとしていて、石壁には歴代の観光客が刻んだ「ここに来た」の落書きがびっしり。中にはあまりにぼやけて読み取れないものもあり、それがかえって奇妙な時の刻印になっていた。

十四番目の敵楼に着いたとき、プロ用カメラで胸壁のシルエットを撮影している年配の外国人の男性に出会った。少し言葉を交わすと、彼が慕田峪に来るのはこれで三度目だと言い、「Each time it's different.」と語った。私もまったく同感だった。季節が違い、光が違い、心持ちが違えば、長城が与えてくれる感覚もまったく変わるのだ。

下りは滑道を選んだ。山の地形に沿ってくねくねと下りていくと、風が耳元を轟音で駆け抜けていった。二時間かけて登った高さを、十分で大地に返してくれた。滑道の出口では焼き芋を売っていて、ひとつ買って手に包み、熱々をかじった。秋の北京がこの瞬間、完成した。

八達嶺と慕田峪のどちらを選ぶかと聞かれたら、私はためらわず慕田峪と答える。八達嶺が良くないからではない。慕田峪は、長城と二人きりになる機会を与えてくれるからだ。あの静かな敵楼の中で、千年の城壁を吹き抜ける風の音が本当に聞こえてくる場所。