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広州の朝茶と西関文化

広州の朝茶と西関の風情


広州の人はよく「食は広州にあり」と言う。しかし実際にここに来てみて初めてわかった。この言葉は形容詞ではなく、動詞なのだ。朝八時、私はすでに点都徳の大広間に座り、目の前には細かい字でびっしりと書かれた点心のメニューが広げられていた。

点都徳

まず運ばれてきたのはエビ餃子。皮が薄くて、中に入ったピンク色のエビの身が透けて見えるほどだ。一口かじると、甘くて旨みのある汁が溢れ出した。北方で食べた冷凍のエビ餃子とはまったく別の生き物だった。紅米腸はもう一つの驚きだった。外側はもちもち、中間はサクサク、中身は弾力があって歯ごたえ抜群。ピーナッツソースに少しつけて食べると、その層の違いがまるで計算されたかのように際立った。もちろん、鳳爪と金錢肚も外せない。濃厚な醤油の香りが染み込み、蒸し加減も絶妙だった。

朝茶を食べ終えた頃には、もう十一時近くになっていた。龍津西路に沿って茘枝湾涌の方へ歩いていくと、両側に立ち並ぶ騎楼建築が、昔ながらの広州へと引き戻してくれる。茘枝湾涌の水面はそれほど広くはなく、両岸には古い西関大屋と改装された擬古建築が並んでいる。黒い天幕の船がゆっくりと漕ぎ過ぎていき、船頭の女性が時折、広東曲を口ずさむ。しばらく岸辺を歩いた。空気にはガジュマルの木と水の香りが混ざり合い、街の喧騒は見えない扉一枚で隔てられたかのようだった。

茘枝湾涌

午後は永慶坊へと向かった。ここは旧西関を改造した文創ストリートで、青レンガの壁、満洲窓、趟櫳門といった建築要素はそのままに、中には独立系書店、ハンドメイド工房、こだわりのコーヒーショップが入っている。広東オペラ芸術博物館がすぐ隣にあり、中を一回りしてみた。展示室には豪華な舞台衣装や髪飾りが陳列され、古いレコードで「帝女花」がループ再生されていた。そのしみじみとした節回しが、不思議と心を静めてくれた。

永慶坊

永慶坊を出ると、すでに日が暮れかけていた。三輪車がチリンチリンと脇を通り過ぎていき、騎楼の下ではおじいさんが麻雀卓を片付け始めている。広州の旧市街には、慌てない確固たる自信のようなものがある。外の世界がどう変わろうと、ここはお茶を飲むときはお茶を飲み、オペラを歌うときはオペラを歌うのだ。